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第十四章・ゴッド・ビー・ウィズ・ユー
帝都の中心の城にある一室。
男が一人、来客用の部屋で報告書の山と戦っていた。
かりかりとペンが動く音だけが響く中、重いドアが開く音が割り込む。

「おや、シオン。久しぶりだねぇ」

どこか皇帝の面影を持つその男は、部屋の訪問者に対して目を向けずにそう言う。
訪問者が顔をしかめたのが、顔を見ないでいてもはっきりと感じた。

「やめろラシャリエ、どこで誰が聞いているのかもわからんのに」
「ああ、じゃあ今は「ロッソ」なのかい?すまないね、こっちを読むので忙しくて」

男の手には、昨日の戦闘の報告書が握られている。
その報告書は訪問者の愛娘であるアロドが書いたものである。
流石、その若さで皇帝の補佐を勤めるだけあって読むだけで戦況が手に取るようにわかる。
彼女がその役職に就いたのは義父が魔術師団団長だからとよく陰口を叩かれるが、よく頑張っているようだ。
彼女を補佐にと推薦した男は、ふふと笑う。

「それで、何の用だい?」
「しばらくこの国を出る。一応挨拶に来た」
「また行くのかい?君も落ち着かないね」

相変わらず報告書から目を離さない男は皮肉ってみせた。
何せ十年もの間各国を放浪し、その間を弟に任せていたのだ。
それが、帝都が復帰しないうちにまた出て行くとは、何かあったのだろうか。
ふと思い当たる事があって、男は問うた。

「…ミオが見つかったのかい?」
「ある人から聞いてさ。信憑性が高いし、一応確認してくる。デンとか連れて行くけど、いいか?」
「すぐに戻るなら多分平気かな。珍しいね、人を連れて行くなんて。そういうことは一人でするのに」
「あー、万一の為にだな、俺の契約精霊を国に置いておく。ただ、魔力の消費が馬鹿にならないからな…念の為、だ」
「そう。吉報を待ってるよ」

男は訪問者を見ない。
ただ、報告書を眺めてはペンを走らせるだけ。
訪問者は腕を組み、つまらなさそうにその光景を見ていた。
十分近くの時が過ぎ、そういえば、と口を開く。

「俺がいない間、アロドはよくやっていたみたいだな。お前が推薦した時はどうしてやろうかと思っていたが」
「何、弟をちゃんと補佐してくれるのは彼女しかいないと思っただけさ。君の育て方がよかったのかな?」
「血だろ」

何を今更、と訪問者は面白くなさそうに言う。
男はそれを聞いて、訪問者に向かないまま溜息をついた。

「前から思っていたけど、君は私を買いかぶり過ぎていないかい?」
「何言ってんだ、そんなことくらい気付いてるんだろ?」
「…私はそんなに頭のいい人間じゃないよ、ましてや議長になるような人間でもない」
「お前の短所はその謙遜しがちな性格だよ、もう少し自信を持て」

今度は訪問者が溜息をつく番だった。
この度議長になった男は、名君と謳われるミーア・ディロイ・ヴァムストルの兄に当たる人物だ。
ヴァムストル家の長男は幼少の頃より聡明で神童と呼ばれていた。
皇帝がその兄から政治学を学んだのは有名な話である。
しかしまあ、彼は自らの能力を過小評価しているようだったが。

「どう見てもお前の天才肌が遺伝してるだろ」
「君に預けたからさ。こんな親の才など、真実を知れば彼女も捨てるに決まっている」
「だからそう卑屈になるなって、アロドを守るためにお前がよかれと思ってしたことだろ」
「それでも、私があの子を手放したのは許されない事だった」
「なら、今からでも遅くはない。もう落ち着いたんだろ、そろそろ引き取ったらどうだ」

男は何も言わなかった。
ただ、じっと黙って報告書を読むだけだった。
訪問者はそれを見つめていたが、やがて諦めたように口を開く。

「アロドを頼むぞ」
「…連れて行かないのかい?」
「偶には交流しろ、幸いあいつはお前を気に入ってるみたいだし」
「でも」
「お前が迷っているせいでアロドには父親も母親もいない。いるのはこんな俺だけだ、お前が必要なんだよ、あいつには」
「君なら…」
「お前じゃないといけないんだよ!」

男は黙った。それでも顔は上げない。
訪問者はそんな事を気にした様子もなく、捲くし立てる。


「昨日の襲撃は俺のせいだ、奴等の狙いは俺だった、だから俺はここにいちゃいけない、だけどあんたの娘を巻き込みたくない。
ミオを助けに行くのは奴らと戦うためもある、きっと激しい戦闘になる、あの子には耐えられないだろう。
今回はあの子を連れてはいかないけれど、俺は死んでしまうかもしれない、そうなったらアロドは独りだ。
頼むから、あの子を独りにしないでやってくれ、あの子の支えになってくれ」


俺みたいにしたくないから、と訪問者は聞こえるか聞こえないかの声で呟く。
彼の過去を男は知らなかったが、それでも、男にはその悲痛な叫びが届いたはずだ。
男は問う。

「シオン、ひょっとしてこれが本題だっただろう?」
「でなかったらとっとと出発してる」
「…わかったよ、そこまで言うなら、アロドに真実を打ち明けよう。ただ」
「何だ?」
「絶対に戻ってくるんだよ。娘に泣かれたくない」

かりかりと続いていたペンの音が止んだ。
男は机の上にペンを置き、報告書を纏める。


「戻るさ」


シオンは答える。

「義父を殴るような娘だけど、俺も親馬鹿だからな」

その言葉に男はようやく報告書から目を離し、訪問者を見て、そして吹き出す。
苦い顔をする彼の左頬には、大きな湿布が貼られていた。
男は目を細めて笑う。


「私も殴られるかね」
「殴られろ殴られろ。俺と同じ目にあえコノヤロウ」


男は、本当に、可笑しそうに笑った。



***



帝国の交通手段は大まかに三種類ある。
一つは馬車。これが一番ポピュラーな移動方法で、他国もこれが一般に使われている。
二つ目は獣馬。馬とは違い、乗り心地が悪い為あまり使われないが、緊急の時には用いられる。
三つ目は移動用魔方陣。これは帝国全土に点々とあり、全ての魔方陣はシオンが初代皇帝に頼まれ大昔に描いたものである。
今でもその魔方陣は商人や旅人によって使われ、長距離移動には重宝されている。
もちろんこの帝都にも、魔術師団宿舎内に魔方陣がある。
昨日の戦闘で全壊してしまった宿舎だったが、建物の地下に魔方陣があった為、幸いにもまだ使えるようだ。
力のある兵士が瓦礫の山を崩し、地下室を掘り起こした。
そうして今、魔方陣はひっきりなしに起動している。
普段は使う人間は少ないが、今は緊急事態で帝都から地方へ逃げる人々でごった返している。
魔方陣のある部屋の端、一同は移動魔法で地方へ飛んでいく人々を見ながらシオンを待っていた。

「あ、帰ってきました」

アロドの声に、その場の面々が振り返る。
そこには見慣れてしまった銀髪の少年ではなく、30代半ば程の男が立っていた。
赤茶の髪に真紅の瞳、中背で服装からして地位の高さを思わせる男だった。

「ただいま、遅くなってすみません」
「…本当にシオンなのか?」

男を観察するように、まじまじと見つめるレス。
同じくプリムも信じられないと言いたげに口をぽかんと開けている。
どこからどう見てもシオンとは似つかない。むしろ別人と言ってしまった方が納得できる。
その様子に、「ロッソ・ヴァン・ダルダム」…この国の魔術師団団長の姿を知る三人は笑う。
ロッソはふふと笑って、丁寧な口調で話す。

「その名前で呼ぶのはやめてください、……正体バレるだろ馬鹿野郎」

最後は地の底から這い上がるような、どすの利いた低い声だったが。
爽やかな笑顔から見え隠れする殺意を感じて、レスは身を引いた。
なるほど、確かに中身はシオンのようだ。かなりの違和感は感じるが。
周囲の人々はこちらに気付いてはいないようだった。

「ラシャリエ殿に会ってきました。許可は下りましたよ」
「ラシャリエって誰なの?シオ…、ロッソ様ぁ」

危うく名前を言いそうになりながらも、プリムが聞く。

「ああ、話していませんでしたね。陛下のご兄弟でユーヴェの土地を管理するヴァムストル侯爵家の家長ですよ」
「へぇー」
「そして、今は帝国議会の議長です。陛下が居ない今、この国のトップは彼になりますからね」
「え、でもロッソ様って魔術師団の団長だから陛下の次に偉いんじゃないの?」
「正確には、陛下の下に魔術師団団長と騎士団団長と議長が三すくみになっているんです。私とウィノデン殿がいなくなったら必然的に彼が政権を握りますからね」
「それって帝国を好き勝手にできるって事じゃないですかー、平気なの?」
「大丈夫ですよ、彼は信用に足る人物です。決して私利私欲の為に動こうとはしませんから」

それに、帝国一政治のうまい人ですからね、とロッソは言う。
でなければシオンは彼を議長に任命したりなどしない。
例え本人にその気がなくても、だ。
兎に角凄い人なんだね、とプリムは結論を出した。理解しているのかどうかは定かではないが。

「それに、娘を陛下の補佐に任命したのも彼ですからね。ねぇ、アロド?」
「ええ、ラシャリエ様には感謝してもしきれません。昔から私によくしてくれますし…」

アロドの言葉に、ふ、とロッソは微笑んだ。
その笑顔の意味が分からず、アロドは何か変な事を口走ってしまったのかと思い直す。
しかし思い当たる事が見つからずに混乱する。

「ははは、気にしなくてもいいよ。それより…シュティーナ」
「何?」
「その、隣の子は…?」

遠くからロッソ達を傍観していたシュティーナの隣には少女が一人、立っていた。
先程からずっとシュティーナの傍を離れない所を見ると、どうやら知り合いのようだ。

「ああ、見覚えないの?」
「ええと…」
「ロッソさんロッソさん、いたじゃないですか、ほら、人質になっていた」

デンの言葉に、ロッソは「ああ、あの!」と手を叩く。
ミオを救出する時、彼と対峙していたゾナが人質にしていた少女。
あの時は暗がりだったせいか、それとも怯えていたのか、小さく見えた少女は意外と背が高かった。
髪は白銀色、瞳は翡翠色をした、見目の整った少女だった。
そういえば劇団員と聞いていたが、なるほど、ここまで美人なら客受けもいいだろう。

「名前はクレメンティア。助けてもらったから礼がしたいって、話は通してあるから気使わなくてもいいわよ」
「あの…昨日はありがとうございました」

ぺこんと頭を下げるクレメンティア。
美少女に礼をされて嬉しくならないはずがない。プリム以外の男は皆それにつられて礼をする。

「何よ、デレデレしちゃって」
「まあまあ。男ってのはそういうもんですよ」
「煩い優男、一番嬉しそうな顔してたくせに」
「あ、見られちゃいましたか」

笑って誤魔化すデンの脛にプリムは蹴りを入れた。
痛い痛いと喚くデンを横目に、シュティーナが話を続ける。

「ちょっと色々あってね、私達もあんたについていくわ」
「え?」
「向こうにも別れて移動してる劇団があってね、そっちに用があるからついでに連れてってもらおうと思って」
「はぁ…まあ、いいですけれど…」

つまりシュティーナはロッソの魔方陣移動を足代わりに使おうと言うのである。
ロッソは正直不服ではあったが、ミオの居場所を教えてもらった代金を考えると安いものだ。
まあ、恐らく後で追加請求されるだろうが。

「所で、皆集まってますか?」
「ああ、一応全員いるが」
「一応ヒルダも連れてきましたよー」

ヒルダとはデンの愛馬、ヒルデガルドの事だ。
昨日の戦闘でも敵の攻撃を避けたり、デンが攻撃しやすいよう上手く立ち回ったりとよく訓練された獣馬である。
彼女は人の邪魔にならないよう、部屋の隅で大人しく伏せていた。

「…フォクスはどうしました?」
「倒れてる」

ほら、とレスが顎をしゃくる。
その後ろでは青白い顔をしたフォクスが壁を背に座り込んでいた。
相当酷い様子だ。

「…大丈夫ですか?」
「いえ、平気です、多分。いつもの事ですから。出発できます」

ごほごほと咳き込むフォクスの様子は、どうみても重病人のそれである。
旅に連れて行って大丈夫かなぁ、とシオンは正直不安になったが本人が平気と言うならいいのだろう。
まあいざ倒れたらデンの獣馬に乗せればいいか、と前向きに考える。
ロッソはアロドに向き直る。

「アロド、後は頼みましたよ…ラシャリエ殿の補佐をしてあげてください」
「私が力になれるかはわかりませんが、尽力してみます」

微笑むアロド。
ロッソは、果たしてこれでよかったのかと、そんな思いが脳裏を掠める。
アロドは自分を師として、父として慕っている。
そんなアロドを自分は何年も騙してきたのだ。きっと自分も許されるべきではないだろう。
もしもラシャリエが父として名乗れば、ロッソが…シオンが真実を知っていた事が明らかになる。
彼女は自分を恨むだろうか。それとも。

「アロド」
「はい」
「もし、貴女の本当の父親が迎えに来たら、どうしますか?」

何も考えずに、口からぽろりと落ちた言葉。
アロドは一瞬面食らったような顔をしたが、そうですね、と呟く。

「殴ります」

ぶ、とロッソは吹き出した。
今彼の頬には特大の湿布が貼られている。今朝方アロドに殴られたのを隠す為だ。
その下は今も真っ赤に腫れたまま。
今まで魔法で治療する暇もなく、湿布を貼ったまま放置していたのである。
ロッソはそこをかりかりと指で掻いて、先程ラシャリエとした会話を思い出した。
頑張れよ、ラシャリエ。そっと心の中で合掌する。

「殴るんですか」
「ええ、だって、私を孤児院に叩き込んでおきながら迎えに来なかったわけでしょう?今更父親面されても遅いです」
「…」

頑張れラシャリエ、超頑張れ。
そしてついでに、自分にもその恨みの矛先が向かないことを祈る。
もう一度あの無駄に綺麗な右ストレートを受けたくはない。二度目はごめんこうむる。
しかしアロドは、シオンの心情を知ってか知らずしてか、ぽつりと呟いた。


「一発殴って、それから、「お父さん」って、呼びます」


お父さん。
アロドは、ロッソを一度もそう呼んだことはなかった。
いつも「父上」と、敬意を示して呼んでいた。
シオンの胸を、ずきりと痛みが走る。
悔しい?悲しい?
今まで精一杯愛して育ててきた娘が嫁に行くと父親は泣くというけれど、これがそうなんだろう。
自分の守護を離れる彼女。自分を父と呼ばない彼女。
果たしてこれでよかったのだろうかと、悩んでいた自分は、恨まれることを恐れたのではない。
彼女が離れていってしまうのが、怖かった、ただそれだけだった。
家族を亡くした自分が、初めて手にした新たな家族。
それを自身で手放すのが怖かった。

「…そう、ですか」

踵を返して、ロッソは魔方陣へと向かう。
魔方陣の前では人々が列を成して順番を待っていたが、ロッソだと知ると快く順番を譲ってくれた。
獣馬が立ち上がり、デンが手綱を引く。
古びたローブに身を包んだプリムが駆け寄る。
死人のような顔色をしたフォクスを、レスが荷物のように担ぎ上げて運ぶ。
ふわりと、クレメンティアとシュティーナが魔方陣の上に飛び乗る。
アロドはラシャリエを補佐しなければならない為、旅にはついてこない。
この、ミオを救い出す旅は恐らく危険なものになるだろうとシオンが考えた結果、アロドは残ることになった。
彼女は何も言わず、ただ忠実にその命令を聞いた。
きっとこの旅に付いてきたいんだろうとは思っていたが、敢えて何も言わずにおいた。

魔方陣がシオンの魔力と呼応して光り出す。
この魔方陣は普段、帝国内でしか使えないが、実はシオンだけが使えるルートがある。
そのうちの一つ、シオンの知人の家へと通じるルートがあり、今回はそこへと移動する。
ロッソはアロドに背を向けて、詠唱を綴る。

「何も言わないんですか?」

デンが言う。
ロッソは無視して、詠唱を続けた。
今振り返ってはいけない。アロドに別れを告げてはいけない。
きっと今、自分は泣きそうな顔をしているだろうから。
自分が旅に出た後、ラシャリエはきっとアロドに真実を告げるだろう。
そうしたら、自分はもう義父ではなくなる。彼女には本当の父親が戻る。
そう思うと無性に悲しくなった。
泣いてはいけない。
自分は、最後までアロドの強い義父でいたかったから。

それなのに。


「『お父さん』!」


詠唱がぴたりと止まる。
ああ、振り返ってはいけないのに。こんな顔見せちゃいけないのに。
それなのに体が止まらない、言うことを聞かない。
彼女と、視線がかち合う。

「いってらっしゃい!」

彼女がどんな顔をしていたのか、俺には理解できなかった。
視界がぼやけて何も見えない。
泣いてはいけない。泣いちゃいけないのに。





「いってきます!」





俺は、笑顔のまま涙を流していた。










ゴ ッ ド ・ ビ ー ・ ウ ィ ズ ・ ユ ー





***
十四話。
・親馬鹿シオン。
・ほぼ死人のフォクス。
・男の本能突っ走りなデン。(楽しかった)
・「頑張れ、超頑張れ」なんだっけこれ。
・「いってらっしゃい」「いってきます」
今回やりたかったのはこんなん。
アロドさんの出生は十九分の一話で公開予定。
07/12/28




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【2007/12/28 00:45 】 | 未分類 | コメント(3) | トラックバック(0) | page top↑
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